大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)578号 判決 1965年2月08日

一審原告 池田察三郎

一審被告 国 外一名

訴訟代理人 高橋正 外一名

主文

原判決中一審被告国の敗訴部分を取消す。

一審原告の一審被告国に対する請求を棄却する。

一審原告の本件控訴を棄却する。

一審原告の一審被告藤村に対する予備的請求を棄却する。

一審原告と一審被告藤村との間の当審における訴訟費用、並びに一審原告と一審被告国との間の原審及び当審における訴訟費用はいずれも一審原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

(一)  一審被告藤村に対する請求について

訴外佐藤善男が昭和二八年五月一日、訴外佐藤繁夫の実父母である訴外木下春吉、同ハツを右繁夫の親権者として第一物件外建物一棟を繁夫から贈与を受ける旨の契約をなし、同年五月二〇日所有権移転登記を経由したこと、善男が昭和二九年一月二五日右物件に抵当権を設定の上一審被告藤村から金三〇万円を借受けたこと、一審被告藤村が善男において右貸金三〇万円につき弁済期が到来しても弁済しないので、同年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し第一物件に対する抵当権を実行するため競売の申立をなし、次いで前記繁夫所有の第二物件につきこれを善男の所有として、昭和三〇年一〇月一九日強制競売の申立をなしたこと、第一物件に対する任意競売手続及び第二物件に対する強制競売手続が進行中、同年一二月五日繁夫は善男を相手方之して長崎地方裁判所平戸支部に対し第一物件に対する所有権取得登記の抹消登記手続及び第二物件に対する所有権移転登記手続請求の訴を提起したが(同庁昭和三〇年(ワ)第四七号)、一審被告藤村は右競売手続を続行したこと、右競売手続において一審共同被告佐田義方が昭和三一年七月五日第一及び第二物件をそれぞれ競落したこと、一審被告藤村が第一物件の競売により配当金一四万四九二三円の交付を受けたこと、繁夫が昭和三三年三月一日平戸簡易裁判所に対し、前記佐田、一審被告藤村及び一藩原告を相手方として所有権取得登記抹消登記手続等請求の訴を提起し、(同庁昭和三三年(ハ)第一二号)同事件は昭和三五年一月一二日繁夫の勝訴、一審被告藤村等の敗訴に帰し該判決の確定したこと以上の事実はいずれも一審被告と審被告藤村との間に争がない。

次に右争のない事実に、以下いずれも成立に争のない甲第二号証の一ないし四、同第三号証の一ないし四、同第四号証の一ないし四、原審における一審共同被告佐田本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四(但し甲第五号証の三中官署作成部分の成立は当事者間に争がない)、原審及び当審証人池田志満野、原審証人西沢辰治、同貞方岩雄の各証言、原審における一審原告、一審共同被告佐田(第一回)及び一審被告藤村(第一回)各本人尋問の結果(但し池田証人の証言、ならびに一審原告及び一審共同被告佐田各本人の供述中後記の不採用部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち

前記繁夫は昭和一一年一月一〇日春吉及びハツ間の五男として出生し、昭和一七年三月一七日訴外佐藤一男、同ツネ夫妻の養子となり昭和一九年九月八日養父一男が死亡したので、同人所有の第一及び第二物件外建物一棟の所有権を家督相続により取得した。

しかして前記善男において前記の通り昭和二八年五月一日繁夫の実父母である春吉及びハツを繁夫の親権者とて第一物件外建物一棟を繁夫より贈与を受ける旨の契約がなされたものとし、同月二〇日、贈与者である未成年者繁夫の親権者として右実父母の署名押印ある登記申請委任状、受任者訴外富元広及び善男名義の所有権移転登記申請書を戸籍謄本及び戸籍抄本は別件添付のものを援用の上、長崎地方法務局生月出張所に提出したところ、同出張所登記官訴外林田弘は右申請を受理し、同出張所昭和二八年五月二〇日受付第二〇号をもつて所有権移転登記を了した。

その後善男は前記の通り、一審被告藤村より金三〇万円を借受け昭和二九年一月二五日右債務を担保するため第一物件外建物一棟につき抵当権を設定し、同日前記出張所受付第一九号をもつて抵当権設定登記をなしたところ、一審被告藤村は善男が右債務を弁済しないので、昭和二十九年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し第一物件外建物一棟につき抵当権を実行するため任意競売の申立をなし(同庁昭和二九年(ケ)第五一号)次いで第二物件も善男の所有であるとして同物件につき強制競売の申立をなし(同庁昭和三〇年(ヌ)第一四号)、右第二物件は未登記不動産であるところから、昭和三〇年一〇月二一日登記官が裁判所の嘱託に基づき競売申立の記入登記をなす際職権をむつて善男名義に所有権保存登記をなした。一審被告藤村は第一及び第二物件がいずれも善男の所有ではなくて繁夫の所有に属することを知らず、右二個の競売手続が進行中、前記の通り、繁夫は第一及び第二物件の所有権を主張して善男を相手方として昭和三〇年一二月一五日長崎地方裁判所平戸支部に対し訴訟を提起したのであるが、一審被告藤村はその頃右事実を知りながら前記二個の競売手続を続行するに委せた。

一審共同被告佐田は繁夫が第一及び第二物件についてその所有権を主張し、善男を相手方として前記訴訟を提起していることを知らなかつたところから、前記の通り、右二個の競売手続の競売期日である昭和三一年七月五日第一及び第二物件をそれぞれ競落し、同月一六日付競落許可決定を登記原因として、第一物件については長崎地方法務局生月出張所同年八月二〇日受付第三二七号をもつて、第二物件については同出張所同日受付第三二八号をもつて、それぞれ所有権移転登記を経由した。

その後佐田は第一及び第二物件を他に転売すべく転売先を物色中右物件について繁夫と善男との間に訴訟が係属していることを聞知したが、右物件は裁判所における競売手続により競落してその所有権移転登記を了したものであるから、訴訟により自己の権利が影響を受けることはないと信じ、昭和三二年六月頃一審原告と売買の交渉をなし、一審原告において甥である訴外池田志満野をして登記簿を閲覧させたところ、右物件について佐田に競落許可決定を原因として所有権移転登記がなされているところから、一審原告及び佐田は右物件について繁夫と善男との間の前記訴訟に基づき予告登記がなされていることを看過して佐田が右物件につき所有権を有するものと信じ、同年六月八日右物件について、代金六三万円、手付金一三万円、残額五〇万円は同年一〇月三〇日物件引渡及び登記完了と同時に支払う旨の売買契約を締結し、即日一審原告より佐田に対し手付金一三万円が交付された。

一審原告は右売買契約を締結して間もなく繁夫の後見人である訴外村田久太郎より、繁夫と善男との間に前記訴訟が係属していることを聞知したので、前記志満野に調査方を依頼したところ、同人は佐田と同道して長崎地方法務局生月出張所に基き、同出張所登記官訴外貞方岩雄に面接し、同登記官に対し、繁夫と善男との間に前記訴訟が係属している事情など質問の真意を詳らかにせず不得要領のまま競落許可決定による佐田の所有権移転登記が抹消される性質のものであるかどうかを質問したので、同登記官は「公売処分の取消決定に基づき公売処分による権利移転の登記の抹消をするには、当事者の申請によるべきであつて、取消決定をなした官庁の嘱託によるべきではない」旨の法務府民事局長通達などを引例し、第一及び第二物件についての佐田の所有権移転登記はその登記原因である競落許可決定が取消されても裁判所の嘱託によつては抹消登記はなされない旨説明したのであるが、志満野は繁夫と善男との間の前記訴訟の結果は佐田の所有権に影響及ぼすものでないと即断し、その旨一審原告に報告した。

一審原告は志満野の報告により一応安心したが、第一及び第二物件の所有権取得につきなお疑念を払拭することができず、売買残代金五〇万円をその弁済期である昭和三二年一〇月三一日に支払わなかつたところ、佐田より売買契約の解除と手付金倍戻の請求がありその解決を訴外西沢辰治に依頼したのであるが、同人より再度売買契約の締結を勧奨するところがあり、前記志満野をして佐田とともに再び前記生月出張所登記官貞方岩雄から説明を聴取させたところ同登記官から前同様の説明があり、志満野は前同様繁夫と善男との間の訴訟の結果は佐田の所有権に影響を及ぼすものではないと即断し、その旨一審原告に、報告した。そこで一審原告は昭和三三年二月六日佐田との間に、前記売買代金六三万円を金五九万五〇〇〇円に減額し、既に授受を了した手付金一三万円は内入金とし、所有権移転登記完了と同時に金一〇万円、同年四月三〇日金二〇万円、同年六月三〇日金一七万円をそれぞれ支払う旨(但し右金員の内金五〇〇〇円は利息とする)の売買契約をなし、同年二月八日登記等の諸費用金二万円を支出して第一及び第二物件につき長崎地方法務局生月出張所同日受付第三三号をもつて所有権移転登記をなし、同日佐田に対し金一〇万円を支払い、且つ金額二〇万円、満期日同年四月三〇日の約束手形一通及び金額一七万円、満期日同年六月三〇日0約束手形一通を振出した。

繁夫と善男との間の前記訴訟は昭和三二年九月一九日繁夫勝訴、善男敗訴の判決となつたのであるが、その理由とするところは、善男が繁夫の親権者をその実父母であるとして同人等との間になした贈与ならびにこれを原因とする所有権移転登記は、当時繁夫を代理し得る者が繁夫と養母ツネとの養子離縁が有効なものであれば後見人であり、無効なものであれば親権者たるツネであるから、無効であるというのである。

そこで繁夫は前記の通り、平戸簡易裁判所に対し、佐田、一審被告藤村及び一審原告を相手方とて所有権取得登記抹消登記手続等請求の訴を提起し、その頃それぞれ右訴状副本が送達されたところ一審原告及び佐田は被告として右のような訴の提起を受けたことを知りながら、一審原告より佐田に対し第一及び第二物件の売買残代金の支払のためさきに振出した前記二通の約束手形金合計三七万円をそれぞれ満期日に支払い、佐田はこれを受領した。

ところで繁夫と佐田、一審被告藤村及び一審原告との間の右訴訟は、繁夫と善男との間の訴訟と同様の理由により、前記の通り昭和三五年一月一二日繁夫の勝訴、一審被告藤村等の敗訴となり、右二個の判決は当時いずれも確定した。その結果、第一物件について繁夫より善男、佐田を経て一審原告に順次なされた各所有権移転登記及び第二物件について善男より佐田を経して一審原告に順次なされた各所有権移転登記はいずれも抹消され、且つ第二物件について善男より繁夫に対し所有権移転登記がなされて、第一及び第二物件の所有権は完全に繁夫に回復された。

以上の通り認定することができ、前記池田証人、原審証人佐藤繁夫の各証言、ならびに原審における一審原告及び一審共同被告佐田各本人の供述中、右認定に反する部分は、前記採用の各証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、第一及び第二物件につき一審原告と佐田との間になされた売買は、右物件が売主である佐田の所有に属することを意思表示の内容としており、これを条件とするものであるから、物件の所有権が繁夫に回復され、佐田の所有に属しないことが明らかになつた以上、右売買は無効に帰したものであり、一審原告は静記売買代金六〇万円及び登記等の諸費用金二万円の支払により、これと同額の損害を蒙つたものである。

一審原告は、一審被告藤村が第二物件について過失により代位による所有権保存登記を申請し、又第一及び第二物件について繁夫の取下要求にもかかわらず競売手続を故意に続行した行為は、不法行為を構成すると主張する。

一審被告藤村が善男に対する金三〇万円の貸金債権について同人がその弁済期が過ぎても弁済しないので、第一物件外建物一棟につき抵当権を実行するため任意競売の申立をなし、次いで第二物件も善男の所有であるとして同物件につき強制競売の申立をなし、右第二物件が未登記不動産であるところから登記官が裁判所の嘱託に基づき競売申立の登記をなす際職権をもつて善男名義に所有権保存登記をなしたこと(該保存登記は一審原告の主張するように代位による保存登記申請に基づくものではない)、ならびに一審被告藤村において第一及び第二物件がいずれも善男の所有ではなくて繁夫の所有に属することを知らなかつたことは既に認定した通りである。そして原審における一審被告藤村本人尋問の結果(第一回)に前記認定の事実を綜合すれば、一審被告藤村が第二物件につき強制競売の申立をなしたのは、第一物件について繁夫より善男に対し所有権移転登記がなされており、第二物件は右第一物件の土地上に建築された建物であつて、これに善男が居住し、又固定資産税の納税も同人においてこれをなしていたので、右第二物件は善男の所有に属するものであると信じたためであることが認められるから、第二物件につき強制競売の申立をなしたことにつき一審被告藤村に過失があるということはできない。又さきに認定した事実によれば、一審被告藤村は繁夫が第一及び第二物件の所有権を主張して義男を相手方として前記訴訟を提起したことをその頃知つたのであるが、なお前記二個の競売手続が続行するに委せた。しかし一審被告藤村としては第一物件については登記簿の記載に信を措き、又第二物件については前記認定の事情によつて善男の所有と信じたものと推断され、以上いずれの場合にも斯様に信じたことにつき過失があるということはできない。更に、真の所有者であると主張する繁夫より、それを根拠づける証拠を提示される等特段の事情のある場合は格別、そのような事情の存在が認められない本件においては、単に前記訴の提起されたことを知らされたからといつて、これに基づいて競売の停止、取下をなすべき注意義務は存しない。しからば一審被告藤村の前記一連の行為が不法行為を構成するものでないことは明らかである。

次に一審原告は当審において新たに予備的請求をなし、一審被告藤村が前記競売手続において配当金として金一五万六七五三円の交付を受けたのは、繁夫の所有物件を善男の所有であるとして競売した結果不当に利得したものであり、一方一審原告はこれにより右金額相当の損失を蒙つたことになるから、一審被告藤村は一審原告に対し右不当利得額を返還する義務があると主張する。しかし不当利得の成立するためには一方の損失と他方の利得との間に直接の因果関係の存することが必要であると解すべきところ、本件において一審原告の損失は佐田との間の売買に基づくのに対し、一審被告藤村の利得は競売代金の配当に基づくのであつて、両者の間に直接の因果関係は存しない。したがつて一審被告藤村が一審原告に対し直接利得返還の義務を負うべきでないことは当然である。

更に一審原告は、佐田の債権者として同人に代位して同人の一審被告藤村に対する不当利得返還請求権を行使すると主張する。しかし佐田は前記競売手続の競落人として、競売代金の配当を受けた債権者である一審被告藤村に対し、直ちに不当利得を理由としてその返還を求めることはできない。すなわち、このような場合、佐田は民法第五六八条第一項により先ず債務者である善男に対して競売手続による売買契約の解除をなし、善男が代金を返還する資力がないとき、はじめて一審被告藤村に対し、その配当を受けた代金の返還を請求することができるのである。しかるに一審原告の返還請求がこのような前提を経ていないことはその主張自体により明らかであるから、該請求の認容できないことは多言を要しない。

結局一審原告の一審被告藤村に対する主位的及び予備的請求はすべて失当として排斥を免れない。

(二)  一審被告国に対する請求について

繁夫が昭和一一年一月一〇日春吉及びハツ間の五男として出生し昭和一七年三月一七日佐藤一男、同ツネの養子となり、昭和一九年九月八日養父一男が死亡したので、同人所有の第一及び第二物件外建物一棟の所有権を家督相続により取得したこと、善男が昭和二八年五月一日、繁夫の実父母である春吉及びハツを右繁夫の親権者として第一物件外建物一棟を繁夫から贈与を受ける旨の契約をなし、同年五月二〇日所有権移転登記を経由したこと、善男が昭和二九年一月二五日右物件に抵当権を設定の上一審被告藤村から金三〇万円を借受けたこと、一審被告藤村が善男において右貸金三〇万円につき弁済期が到来しても弁済しないので、同年一一月二四日長崎地方裁判所平戸支部に対し第一物件に対する抵当権を実行するため競売の申立をなし、次いで前記繁夫所有の第二物件につきこれを善男の所有として、昭和三〇年一〇月一九日強制競売の申立をなしたこと、第一物件に対する任意競売手続及び第二物件に対する強制競売手続が進行中、同年一二月一五日繁夫は善男を相手方として長崎地方裁判所平戸支部に対し、第一物件に対する所有権取得登記の抹消登記手続及び第二物件に対する所有権移転登記手続請求の訴を提起したが(同庁昭和三〇年(ワ)第四七号)、一審被告藤村は右競売手続を続行したこと、右競売手続において佐田が昭和三一年七月五日第一及び第二物件をそれぞれ競落し、同年八月二〇日競落許可決定を原因とする所有権取得登記を了したこと、一審原告が佐田より第一及び第二物件を買受けその旨所有権取得登記を了したこと、繁夫と善男との間の前記訴訟につき繁夫勝訴の判決が確定したこと、佐田及び訴外池田志満野が長崎地方法務局生月出張所に来所したこと、繁夫が昭和三三年三月一日平戸簡易裁判所に対し、佐田、一審被告藤村及び一審原告を相手方として所有権取得登記抹消登記手続等請求の訴を提起し(同庁昭和三三年(ハ)第一二号)、同事件は昭和三五年一月一二日繁夫の勝訴、一審被告藤村等の敗訴に帰し該判決の確定した結果、第一及び第二物件についての一審原告の所有権取得登記は扶消されたこと、第一物件外建物一棟につき長崎地方法務局生月出張所において贈与による所有権移転登記申請がなされた際、贈与者である未成年者繁夫の親権者として実父母である春吉及びハツの署名押印のある申請書類が提出され、これが受理されたこと、以上の事実はいずれも一審原告と一審被告国との間に争がない。

次に右争のない事実に、以下いずれも成立に争のない甲第一号証の一ないし一〇、同第二号証の一ないし四、同第三号証の一ないし四、同第四号証の一ないし四、原審における一審共同被告佐田本人尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第五号証の一ないし三、同第六号証の一ないし四(但し甲第五号証の三中官署作成部分の成立は当事者間に争がない)、原審及び当審証人池田志満野、原審証人西沢辰治、同貞方岩雄の各証言、原審における一審原告、一審共同被告佐田(第一回)及び一審被告藤村(第一回)各本人尋問の結果(但し池田証人の証言、ならびに一審原告及び一審共同被告佐田の各供述中後記の不採用部分を除く)を綜合すれば一審被告藤村に対する請求について既に認定した通りの事実を認めることができ、前記池田証人、原蕃証人佐藤繁夫の各証言、ならびに原審における一審原告及び一審共同被告佐田各本人の供述中、右認定に反する部分は前記採用の各証拠と対比して採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠のないことも、既に説示したところと同様である。又右認定事実によれば、第一及び第二物件につき一審原告と佐田との間になされた売買は無効であつて、一審原告が前記売買代金六〇万円及び登記等の諸費用金二万円の支払により、これと同額の損害を蒙つたこともさきに説示した通りである。

ところで一審原告は、繁夫より善男に対する贈与による所有権移転登記の申請に際しては、未成年者繁夫の親権者として実父母である春吉及びハツの署名押印ある登記申請書類が提出されたので、登記官としては、添付の戸籍謄本及び戸籍抄本を照合して右春吉及びハツに法定代理権のないことを確認し、右申請を却下すべきであつたにかかわらず担当の登記官林田弘が該注意義務を怠り、たやすく右申請を受理して所有権移転登記を了したのは同登記官の過失であると主張する。

一般に養親の一方が死亡して他方が養子の単独親権者となつた後養子と離縁した場合には、養子については後見が開始するのであつて、実親の親権が回復するのではないと解すべく、戸籍実務の取扱も亦この見解にしたがつている。この見解によると、繁夫とツネの離縁が有効である限り後見が開始したのであつて、実父母である春吉及びハツが親権者となるのではない。したがつて同人等が親権者としてなした登記申請の委任は無効であり、登記官として右登記申請を却下すべきであつて、これを受理して登記を了した林町登記官の措置は誤りである。(該措置が誤りであることは一審被告国もこれを認めて争わない。)しかし以上の見解に対しては、有力な反対説があり、この説によると、養子の単独親権者となつた養親が養子と離縁した場合には、実親の親権が回復するのであつて、後見が開始するのではない。このように見解が対立しており、しかもこの点についての判例は確立していない。更に前記登記申請の当時繁夫の後見人がいまだ選任されていなかつたことは、前記甲第二号証の三と同号証の四中の各戸籍謄本とを対照することによつて明らかである。このような事情の下において林田登記官が前記のような誤つた措置を執つたとしても、そのことのみをもつてただちに同登記官に職務上必要な注意を怠つた過失責任があることは相当でない。したがつて同登記官に過失責任があるという一審原告の所論は採用することができない。

次に一審原告は、一審原告が佐田との間に第一及び第二物件につき売買契約を締結し、又右売買代金を支払うに際し、前後二回に亘り所有権の帰属を確かめるため前記池田志満野をして佐田と同道させて長崎地方法務局生月出張所に赴かせたところ、同出張所登記官貞方岩雄が、前記二個の訴訟の結果は一審原告が佐田より取得すべき第一及び第二物件の所有権に影響を及ぼすものでない旨言質を与えたとし、右貞方登記官の行為砥故意又は過失による不法行為を構成すると主張する。

しかしこの間の経緯は既に認定した通りであつて、一審原告の主張するように、貞方登記官が前記二個の訴訟の結果は一審原告が佐田より取得すべき第一及び第二物件の所有権に影響を及ぼすものではない旨言質を与えた事実は認められない。しからば一審原告の右主張はこの点において既に失当であるという外ない。

以上の通りであるから、一審原告の一審被告国に対する請求は、爾余の争点について判断をするまでもなく、すべて失当として排斥を免れない。

(三)  結論

よつて原判決中一審被告国の敗訴部分はこれを取消し、一審原告の一審被告国に対する請求を棄却し、又一審原告の本件控訴及び一審被告藤村に対する予備的請求はいずれもこれを棄却することとし民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九五条、第九六条、第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例